社長挨拶

 
鶏の先祖といわれる赤色野鶏が人によって家禽化されたのは5千年以上前とされています。時を告げ、宗教においても大切な生き物として保護されてきました。肉や卵の食用としてはローマ時代といわれます、鶏と人との係わり合いは大変長い歴史が刻まれています。長い年月人間の生活を支えて、ともに暮らしてきた鶏と商売をさせていただくことにかけがえのない幸せを感じています。当初採卵鶏用のヒヨコを生産していましたが外国から増体の良いブロイラー専用の鶏が輸入され肉用ヒヨコの生産を開始しました。昭和30年代までは中部地域は日本近代養鶏産業の発祥地として目覚しい産業発展をしていましたが、畜産・養鶏は環境問題からブロイラー生産地も人口密度の少なく、比較的に企業立地に適さない地域へと変遷していきました。それ以後の工業化の中で養鶏・農業も一機に衰退してしまいました。ブロイラー雛孵化場については、昭和50年ごろ中部地域にも数十の同業者がありましたが、現在では生産・営業活動を行っている孵化場は中小の6社だけになりました。外国種が時代とともに変遷してきましたが、いかに能力の高い鶏種を取り扱うか、常に外国の情勢を検証しそれが日本に適しているかを分析しながら鶏種の選定をしていかなければなりません。ブロイラー雛のお客様から数々のお言葉をいただき、失敗を積み重ねながらも諦めず、社員全員で困難を乗り越えて、小さな会社の微力でありますが切磋琢磨しながら、お客様のお役に立てる事業体として成長させていただいていると自負しております。私どもはヒヨコづくりが好きです。お客様に喜んでもらえるヒヨコを生産し、お客様の養鶏経営の課題解決の少しのお手伝いができることで、社員全員が充実した気持ちになります。一層楽しいヒヨコ作りのできる企業を目指し、お客様そして社会環境の良きパートナーとして挑戦し成長し続けてまいります。

当社のヒヨコを通じてすべての人が幸せで、

      実り多い人生でありますことを

企業理念

 

中部地区において他社および飼料会社との資本系列のない唯一のブロイラー雛孵化場であり、鶏舎ハードが改善されない限り(立体式への変更)、この地区でのブロイラー雛の生産販売は生き残りも難く感じますが、独立資本の孵化場として、鶏肉消費者の皆様の健康や幸せ作りに欠かせない優良なブロイラー雛をお客様に提供してまいります。

「ヒヨコとともにある企業」「養鶏業界から必要とされる企業」のもと、健康なヒヨコづくりを通じて養鶏場様、生活をされる皆様方そして社会に役に立ち貢献したいという想いで事業活動を展開してきました。種鶏の飼育に関しては鶏舎内外環境を調査し、ストレスのない健康なより良い種鶏を育てることに心がけ、孵化に関しては孵化場の衛生状態を常にチェックしながら高い受精・孵化および健雛率を持つヒヨコの生産を行ってきました。さらに優良雛生産に必要な機械・機材も積極的に整理導入していくつもりです。従業員全員が技術革新こそが社の生き残りであり、家族を守るための志と、胸に刻んで取り組み発展していきます。